見る・見られる
朝、セミが鳴いて真夏の日差しだったのに、家を出る頃になってひどい雨。しかし、すぐにやむ。
午前中は、昨日の続き。
ボタンの調整と、ステージサイズをstageで取得するように調整。やりはじめると、結構すぐできた。
それからしばらくウダウダ。もうどうしようもなくダルくなって困っていた。
そこで、ご飯を食べてからモギモギの水戸美術館での講演「心を振るわせる表現とは何か」をMP3で聞いてみる。
聞き始めからは予想もしなかったほど感動した。ここ最近のモヤモヤな自分に一筋の光が差してきたようだった。
人間は動物とちがって、他人を見る・他人から見られることを意識せずには生きていけないもの。それによって魂の危機が訪れる。
「見られることを意識しているという点では同じなのに、”ぶりっこアイドル”と”十字架に貼り付けられたキリスト”の違い」という言葉にハッとさせられた。
別に、キリスト教が云々ではなく・・・。
本物のアートを理解できるようになることは、確かに今一番大切なことかもしれない。教養とかそんなんじゃなく、「生きる」ということを理解するためにも。
今の私にとっては、とても癒される講演でした。
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図のように、黒目からコンタクトがすこしずれた状態で張り付いたようになり、赤い部分がキズのようになってしまう。